はじめに
わが国初の免震建物(八千代台住宅)が完成して35年ほどが経過する。この間、免震構造の地震時挙動の把握、免震部材の性能向上などの免震技術は大いに進展し、これらの成果に基づいて免震性能は高められてきた。現在では、免震構造を知らない技術者の方が少ないと思われるが、今後も免震技術の更なる発展と検証は継続される必要がある。ここでは、免震建築の手法と、その優位性や現状の到達点について述べた後、免震構造の課題についても触れたい。
免震建築の手法
耐震設計のやり方には、次のような立場がある。
- 地盤に建物を固定する
- 地盤と建物を絶縁する
- 附加装置を利用する
1.から2.へは色々な中間段階があり、大部分の建物に完全固定と、完全絶縁は不可能である。勿論、常温超電導の技術などが建築レベルで信頼性と経済性を得る事態にでも入れば、2.は極論でなく現実となる。
1.の設計法で、建物の全ての部分を地動以下の動きにすることは出来ない。又、3.の方法で如何なる附加装置を利用しても、骨組の変形に制限をつける限り地動からの解放は有り得ない。2.の設計法は、ひとまず最も影響力の大きい水平動からの解放が可能となる。但し、それは地盤と建物の絶縁の程度によって影響を受ける。
過去の長い構造史の中で、基礎との緊結をルーズにしたために上部構造が地震の衝撃的破壊力から身をかわし得た例は、幾度か経験され、報告されている。しかし、この貴重な経験事実の説得性は弱く、現実設計の上では殆ど生かされてはいない様である。
地盤からの絶縁の方法としては、吊す、転がす、滑らす、杭や支承で支えるなどが自然に思いつく。これらの考案は、洋の東西を問わず多様に報告され、1900年代以降、多くの例が示されている。巨大な建築の重量を支え、効果的絶縁のレベルを維持し、尚且つ、現代的科学技術計算による解析モデルとなり得る素材、工法の出現は、ようやく積層ゴムアイソレータによって、その目的を達成されることになったのである。
免震構造を支えるものはアイソレータである。アイソレータの積載能力、水平変形能力、バネの安定性(変動する鉛直荷重に対して水平バネがあまり変動しないことが重要な要件となる)、そして耐久性が免震構造成立の基本条件となる。
免震建築の特性は柔構造に似ている。ただし、超高層建築は建物各階を均等に変形させているのに対し、免震建築では建物の基礎部に変形を集中させることで建物の変形を桁違いに小さくしている。このため、免震建築では上部構造がひと塊となって水平方向にゆっくり動くようになる(剛体並進運動の実現)。即ち、建物に入ってくる地震エネルギーを免震部材(アイソレータとダンパー)により、遮断吸収してしまうのである。
積層ゴム部材は、薄い鋼板とゴムシートをサンドイッチ状に積層した基礎部材である。積層ゴムは建物全荷重を支えるのに十分な支持能力を有し、かつ、建物荷重を支えたまま水平方向に大きく変形することが可能である。積層ゴムに使用されているゴム材料は100年以上の耐久性をもつことが劣化試験や追跡調査などから確認されている。
【図1】に、兵庫県南部地震やノースリッジ地震などで観測された地震動の加速度応答スペクトル(減衰定数h=0.1)を示す。同様に【図2】は、縦軸に最大加速度応答を横軸に最大変位応答をプロットしたスペクトルである(h=0.2)。建物の周期1秒前後では、加速度・変位ともに非常に大きい。一般に、観測地震動の加速度応答スペクトルを見ると、周期4秒以上では地震波の種類にかかわらず応答は殆ど一定であり、その応答レベルも小さくなる。この領域に免震建物の周期を設定することで、より高い免震効果を得ることが可能となる。
ダンパーは地震のエネルギーを吸収し、揺れを抑える部材(機構)であり、鋼材や鉛材の弾塑性変形を利用したり、オイルダンパーが用いられる場合が多い。この2つの仕掛けにより、建物の地震被害はほとんど出ないことが実証されている。また、建物内部の什器や機器類の転倒、更には2次部材の損傷も起こらず、大きな安心感を得ることができる。
積層ゴム部材とダンパーの性能は、実物実験により事前に確認できる。従って、免震建築が地震時にどの様な動きをするかは正確に予測でき、地震時の建物性能を事前に評価する事を可能にしたのである。
更に、免震構造では構造骨組全体のコストは数パーセントの減少が見込まれ、建物階数が10数階を超えると総建設費は免震構造の方が低くなるとも言われている。又、2次的な災害も未然に防がれるのでその対策費を考えれば、結局免震建築の方がライフサイクルコストは安くなることになる。
免震建築の優位性
通常の地震入力を想定した場合、達成される免震建築のイメージは、以下の様に考えられる。
- 上部構造の応答は弾性域にあり、弾性設計、許容応力度設計でよい。基礎は、鉛直荷重が基本で地盤と一体になれば良い。地震時、地盤が崩壊しないように対策を立てる。
- ベースシヤー係数は0.1程度、上部構造の層間変形角は上部構造の剛性にもよるが1/1000以下が可能。
- ねじれ応答は免震層レベルで処理する。耐震壁は、上部構造の剛性の向上のみを対象とし、上部構造の機能に合わせて自由に配置すれば良い。
- 30階建て程度の超高層建築へ免震構造を適用した場合でも、上部構造層間変形の低減など十分な免震効果が期待できる。ただし、上部構造の基礎固定時の周期と免震周期の比率(あるいは剛性比)に注意が必要。積層ゴムへの引張力の作用は、免震性能を高めることで低減可能。
以上、上部構造が同一であれば、在来構造に比べて免震構造の方が安全性が格段に大きいことは明白である。
文献1 において免震構造の利点が次のように要約されている。
- 免震構造はエネルギーの授受に関して最も単純な構造物であり、応答予測にかかわる不確定性が少ない。
- 鉛直支持部材としてのアイソレータとエネルギー吸収部材としてのダンパーが明確に分離されており、それぞれの性能が明確に表示できる。
- 上部構造たる建物部分は無損傷にとどめることが可能であり、応答加速度を低減できることから、設備機器の損傷も回避できる。
- 免震層は柔要素(アイソレータ)と剛要素(ダンパー)との混合構造であり、エネルギー吸収効率が良く、残留塑性変形がほとんど残らない。
また、「免震構造では、免震層を特別に設ける点が耐震構造に比べて不利とみられがちであるが、以上のような優位性を主張し得る免震構造は、免震層を導入することにより明確な機能分離を達成し、それにより高い耐震性能を獲得した構造である」とも述べられている。
水平動と上下動
地震動に対する構造物の安全対策は、まず水平動を処理することが大切である。地震入力の大きさを測る物差しは、未だ明快になっていないが、一応加速度で考えれば、水平動は鉛直動に比べて2~3倍位大きいことは、大方の共通認識であろう。免震構造を採用した建物では水平方向加速度が1/2~1/3に低下している。現在のところ免震構造では鉛直方向に対しては免震効果を期待していない。そのため、鉛直方向加速度は若干増幅している。建物内部に精密機器や美術品などが存在するために、内部空間の高度な安定性が求められる場合には、鉛直方向だけ免震するような床免震や免震装置(水平加速度は十分小さくなっているので、その機構は単純なものとなろう)を追加することで簡易的に3次元免震を実現することも容易である。
建築構造物は、常時鉛直荷重1Gを受けており、これに鉛直方向の加速度が作用するのである。仮に上下動を0.3Gとすれば、上下動の方は1Gに対して1.3Gになるに過ぎない。一方、水平方向加速度は常時建物に作用しているわけではなく、地震発生とともに突如大きな加速度が作用する。従って、建築構造の耐震構造安全の立場からは、水平動が問題で鉛直方向荷重としての上下動は無視し得ると考える。また、大きな鉛直方向加速度が入力された場合でも、積層ゴムの形状を適切に設計することで水平変形能力と荷重支持能力が維持され、建物の地震時安定性を確保することが可能である。
免震構法の効果
阪神大震災の1年前、1994年1月17日午前4時31分、アメリカのロサンゼルス北西部でノースリッジ地震が発生した。
オリーブ・ビュー病院は、十字型に配置された耐震壁をもつ6階建の病院で、今回の地震では基礎部での応答加速度0.82Gに対し、屋上階において2.31Gという驚異的な応答加速度を記録した。耐震壁にせん断亀裂が発生した程度で躯体の倒壊は免れたが、スプリンクラー配管破断による放水によって全階水浸しとなった。又、医療機器や家具類が転倒し、病院機能を喪失した。大量のカルテを保存している部屋では、幸いにも水による被害はなかったものの、天井の吊りボルト及び蛍光灯の取付金具がはずれた為、天井仕上材・蛍光灯が落下した。地震発生同日19時までに入院患者約300名全員の移送を完了させ、2日後の1月19日、41時間後に業務を一部再開している。災害時こそ、その活躍が期待される病院において、残念なことに入院患者は他の病院に移される事態となってしまったのである。
激震地に於いて、建物や道路が多大な被害を出したのに対して、免震構法を採用したUSC大学病院だけが、何ら被害を受けていない。この病院は地上7階+地下1階(延べ床面積33000m²)の鉄骨造で、不整形な平面形状をしているにもかかわらず、免震性能が発揮されたお陰で無傷であった。基礎部での最大加速度0.37Gに対して、1~7階の応答加速度は0.10~0.14Gと、約1/3程度の低減が確認された。病院内売店の売り子の話では、店内に陳列してあった高価なクリスタルガラスも倒れなかったということである。又、地震発生の4時31分、この時USC大学病院では緊急脳外科手術が行われようとしていた。まさにメスを入れようとした時、地震の揺れが感知されたが、建物の緩やかな揺れがおさまるのを20~30秒間待っただけで、手術は滞りなく終了した。
一方、阪神・淡路大震災では、1981年以前の旧基準時代の建物に被害が多く、それ以降の新耐震時代の建物の被害は少なく、新耐震設計法の有効性が示されたとも言われている。しかし、ピロティ構造の被害、鉄骨部材の脆性破断・接合部の亀裂、及び被害建物の修復など耐震レベルの妥当性や被害レベルの想定などについての新たな問題も浮かび上がってきている。
この地震で神戸市北区に建設されていた2棟の免震建物では地震記録が観測されていた。その内の1棟はWESTビル(計算センター、6階建て、延べ床面積約47000m²)であり、基礎部0.3Gに対して、上部構造の応答は0.05G~0.10Gとなり、応答が1/3以下に低減された。免震層の変形能力40cm以上に対して、今回の地震での最大変形は10数cm程度とみられている。地震時には建物内に計算機などは未だ設置されていなかったが、建物内部には全く損傷が見られず、免震効果が確認された。
2011年の東日本大震災のときには、多くの免震建物で観測記録が得られた。【図3】に免震建物の地震観測記録から得られた加速度応答倍率を示す。横軸は基礎部(免震層の下)での最大加速度を、縦軸は免震層直上階での観測値(1FL)と最上階(または塔屋)での観測値を基礎部での加速度で除した値(応答低減率)が示されている。図中には、2011年東北地方太平洋沖地震で得られた50棟以上の免震建物の加速度記録のほかに1995年のWESTビルでの記録と2004年新潟県中越地震の水仙の家での観測記録、および2005年福岡県西方沖地震の際に福岡市内の免震建物(4棟)で観測された応答も示されている。
基礎部での入力加速度が小さい時には免震効果は小さい、あるいは応答が増幅しているケースも見受けられる。しかし、この場合の入力加速度は小さく、たとえ増幅したとしても、上部構造の応答加速度はそれほど大きくなっていない。【図3】からは基礎部での入力加速度が100gal程度以下では応答の増幅が、特に屋上階の応答加速度で顕著となっている。免震効果をどの程度の加速度(入力地震動の大きさ)から、どの程度発揮させるのかは、免震層や免震部材の設計に関係している。小さな地震動から大地震動まで幅広く免震効果を発揮させることができるようにすることも、今後求められるであろう。また、そうではない場合、免震効果を十分に発揮できない場合もあることを所有者や居住者などに説明しておくことが求められよう。
基礎部での入力加速度が大きくなると免震効果が大きくなり、上部構造の応答加速度は基礎部での加速度の1/2~1/4程度まで減少している。2011年東北地方太平洋沖地震の際にもっとも大きな地震動を記録したのは、福島第一原子力発電所の免震重要棟であった。基礎部での最大加速度(EW方向)は、地下ピットで756galに対し、1階で213gal、2階で185galであった。
もし耐震構造が同様の地震動を受けた場合には基礎部での最大加速度に対して上部建物の加速度は2倍から3倍に増幅することになり、免震構造の応答は耐震構造に比べて最大1/10くらいに低減していると言える。
2016年熊本地震の際、熊本県内には施工中の4棟を含め24棟の免震建物があった。用途としてはマンションが最も多く(12棟)、ほとんどが熊本市内(18棟)に建っている。これまでの調査からエキスパンションジョイントなどに被害はみられるものの、免震機能は十分発揮されていたことがわかっている。病院やホテルなどは地震後も業務を継続できており、免震マンションの住民はインフラが復旧した段階で通常通りの生活をおくることができたと聞いている。またマンションの部屋の中は何一つ倒れず、食器なども割れなかったということで、すべての所有者・居住者はその効果に大変満足されていた。
これまでのところ免震構造は設計で想定された免震効果を発揮してきている。ただ、最近では設計で想定される地震動のレベルが大きくなり、さらには国交省からは長周期地震動も示され、それへの対応も迫られている。
免震技術の課題と展望
わが国初の免震技術は成熟した技術になってきたと思われる。免震構造の新たな展開としては、3次元免震、セミアクティブ・アクティブ制御免震、免震+制震システムなどがある。免震技術を活用した新たな展開と下記に示す課題の解決が相まって、免震構造にも新たな展望が開けていくと思われる。
これまでも長周期地震動に対する免震構造の応答については検討されてきている。長周期地震動のレベルによっては、従来の免震設計のままだとエネルギー吸収能力の余裕が少なくなったり、水平クリアランスを少し超えるケースもあったとされている。今後の課題としては、免震部材の大振幅繰り返し変形時の特性調査、最大応答値と総入力エネルギー量の両面からの検討、地震動評価のばらつきを考慮した設計法の構築などが指摘されている。
長周期地震動が、長周期成分が卓越し、継続時間が長い地震動であるとすれば、断層近傍で発生する地震動の継続時間は短いものの、指向性パルスやフリングステップが発生すると言われている。指向性パルスの典型例は1994年ノースリッジ地震、1995年兵庫県南部地震で、フリングステップの典型例は1999年台湾・集集地震で、石岡波では最大で10m以上の変位と400cm/sの速度値が観測された。これらの地震動の最大速度振幅は120~150cm/sであり、通常の免震設計で使用されるものに比べて大きいため、設計レベルを超える地震動に対する免震建物の応答特性、限界に至るまでの余裕度などについて検討しておくことも必要となろう。
まとめ
免震構造はいまでは初期の開発段階から普及期に入ったといえる。免震構造の適用範囲の拡大にともなう新たな課題に対しては、さらなる研究開発が求められる。今後も免震技術の向上をめざし、より広く免震技術が活用され、普及することで震災被害が少しでも抑制されるようにしたい。そのためには多くの設計者(技術者)が日常的に免震設計に取り組めるような環境整備がはかられ、地震の脅威から市民や都市を守ることにつなげていくことが求められる。
通常、免震構造は時刻歴応答解析を行って設計される。時刻歴応答解析に使用する地震動をどのように選択し、応答値に対してどれくらい余裕を持たせるか、など検討しなければならない。免震構造の設計では免震層の変形能力を確保することが重要となる。解析で免震建物の応答は予測できても発生する地震動は不確定である。免震建物の設計者(技術者)の想像力を多いに発揮し、すばらしい免震建築がますます増えることを期待したい。
そして近い将来「地震フリー建物」(地震動からの解放)が実現されることを期待したい。
最後に、東京大学名誉教授梅村魁博士は、昭和46(1971)年6月の建築雑誌で、次のように述べられている。
『最近非常に進んだのは、解析技術の方であって、肝心の設計技術の方はそれほど進歩していない。われわれは、解析技術の進歩が即、設計技術の進歩と思い違いをしてはならない。各種の構造基準は解析技術的な面が多いし、最近の動的解析は、まさにその名のとおり解析技術である。動的設計などと呼ばれているけれども、耐震設計に関する限り、昔から動的設計であって、その解析技術が長年静的であっただけの事である。』